5分でわかる!ジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルクは16歳の少女が「フランスを救いなさい」と神の声を聴いた。女の子で戦う訓練も何もしていない、普通の少女が勇気を持って戦火の中に飛び込みました。

彼女のお話をしますね。

パソコンが重いのはサーバーだよ。

生い立ち

1412年にジャンヌ・ダルクはフランス・ロレーヌ地方のドンレミ村で生まれ育ちました。親以上に子供のころから優しく信心深い子でした。

フランスとイギリスの関係

1420年ごろのヨーロッパは、現在よりも数多くの国と王がいました。互いの利益の為に同盟と裏切りを繰り返していました。この当時のフランスはまさに戦争の混乱の中でした。とくに、フランスはイギリスに支配されていたので、独立のための「百年戦争」を繰り広げていたのである。

そうした中、フランスのシャルル6世が亡くなると、その妻であるイザボー・ド・バヴィエールが権力を握った。

イザボーは娘をイギリス王家の王妃にする代わりに、その息子がイギリスとフランスを支配するというトロワ条約を結びました。イギリスとフランスの戦争を終わらすためには良いアイデアだと思った。

だが!

それに納得いかないのが、イザボーの息子であるシャルル7世王太子である。フランスが自分のものではなく、イギリス育ちの甥っ子に支配されてしまう。文化や言葉、力関係も違うイギリスに支配されたら、フランスは植民地として奴隷とされる懸念があったのです。

フランス王太子シャルル7世はフランス国王になることを宣言したのです。それによってイギリスとフランスの戦争は激化しました。村も作物もいつも荒らされて、フランスの民は先の見えないまま繰り返されるあらそいに疲れ果てていたのです。

人に揉んでもらうと楽になるよね~

ジャンヌ・ダルクは神の声を聴く。

16歳のある日、大天使ミカエルから

「立ちなさい!神の子よ。フランスのため立ち上がるのです。このフランスを争いのふちより救うために。略」

ジャンヌ・ダルクは神のお告げを聞いたのです。

何からすればよいか、分からないジャンヌは、まずはヴォークルールの守備隊長の元に向かいました。最初は、金目当てだと思って相手にしなかった守備隊長だったのですが、何度も訪れるジャンヌでした。しかも町のみんなも優しく信心深いジャンヌの味方でした。神のお告げは本当かもしれないと思い始めたのです。守備隊長は結局、根負けして、王太子のおられるシノン城まで連れて行くことになりました。

ヴォークルールからシノン城までは敵地の間を抜けて馬で7日かかるのです。

出発の日、ジャンヌは髪をばっさりと切り落としました。女の姿では危険がさらに増すでしょう。それで守備隊長や他の人たちを危険にさらすわけにはいかないと理由でした。覚悟を決めたのでした。

「神の声を聞く乙女、ジャンヌ・ダルクの誕生!」

シノン城

シノン城に着くと、「預言者ジャンヌ・ダルク」の名前はあちこちに響き渡っていました。

シャルル王は、王の間にジャンヌを通しました。そこにはたくさんの貴族や人がいました。

「さあ、ジャンヌ・ダルクよ。王太子に謁見するがよい」

と言われました。ジャンヌは悩むことなく、全然関係のない給仕夫の前に進み出ました。

「シャルル王太子殿下。神はオルレアンの囲みをやぶり、あなた様を成都へお連れしろとご命じになりました。正しき、フランスの王を即位させこの国を救え」と。

その給仕夫に変装していたのが、シャルル王太子本人だったのです!シャルル王太子はジャンヌを試したのでした。

その後、シャルル7世とジャンヌ・ダルクは二人だけで話しています。その内容は公表されていません。何を二人で話したのか気になりますよね。

その後は、ジャンヌ・ダルクは貴族の軍事司令官となり、専用の甲冑と軍旗も作られました。シャルル王太子はジャンヌの全てを信じたのです。ジャンヌ・ダルク17歳の時である。

オーダースーツって身だしなみだよね。安いスーツはなんかわかるよね。

オルレアンの解放

オルレアンの街は南にロワーヌ川が流れている。北には5つの砦がイギリス軍に占拠されていた。しかもオルレアンの街には食料はなくなりかけていました。風前の灯の街である。ここをイギリス軍に攻略されると南側のフランスにイギリス軍が流れ込み、敗北は間違いありません。そんな要所がオルレアンでした。

日本人の我々には分かりにくいですが、ヨーロッパでは街全体が塀に囲まれていて、街自体が要塞となっているのです。アニメのキングダムをご存じなら想像しやすいと思います。

ジャンヌ軍が成都ランスに行くためには、オルレアンの解放とその周りの5つのイギリス軍の砦を制圧するのが一番の目的でした。

ジャンヌ軍は一番手薄な西側のブルゴーニュ門からオルレアンに入った。オルレアンに入ると、大量の食糧と物資、預言者ジャンネ・ダルクに街中の人は大喜びだった。ジャンヌによって民衆も兵も元気になっていくのである。オルレアンを開放するには、周囲の砦の破壊が絶対条件なのです。

「神は人である私にフランスを救えとおっしゃった。ならば、同じ人であるフランスの人びとにも神の声が届くはずです!家族、フランスを救いたいと願うものは私とともに!!」

ジャンヌ・ダルクは軍旗を振り上げて、よく通る大きな声で兵士たちに叫んだのです!ジャンヌの言葉と行動に勢いをつけたフランス軍はそれまでの劣勢を跳ね返し「サン・ルー砦」を奪い返しました。

ジャンヌ・ダルクの言葉は、それまで自分たちの土地しか見えていなかった人々に、初めて国を意識させました。また騎士の戦い方である「誇りをもって剣で戦う」という習慣を飛び越えて新兵器である大砲を使うようになり、次々に敵をやぶりました。

ジャンヌはトゥーレル砦で矢を受けて負傷しました。しかし、立ち上がり、白百合に天使の旗を振るジャンヌの姿を見てフランス軍は奮起!イギリス軍を撤退させたのです。

オルレアンの解放!

その後は、ジャンヌ・ダルクは矢を受けても倒れない。神に守られているとの噂が戦場を流れ、次々に勝利を重ねた。成都ランスに無事にシャルル王太子を送り届けたのだった。そして

フランス国王シャルル7世の誕生!

フランスがひとつになった。ジャンヌにとって神の光に包まれたもっとも幸せな日でした。だが、強い光の陰の中にあるものにまだ気づいてはいなかった。

実は自律神経の不調は自分で治せるかも。

ジャンヌ・ダルク、イギリス軍に捕まる。

百戦錬磨のフランス軍だったが、イギリスからの和平交渉に乗ってしまう。パリの向こうにイギリス軍がまだいるにも関わらずだ。軍は解体され、それぞれが各地の治安を任されていた。ジャンヌ・ダルクはロワール川流域の治安にあたっていた。

イギリス軍は休戦条約を結んだあとでもこっそりと兵力を蓄えてパリに近いコンピエーニュを攻め始めた。ジャンヌは少数の兵力でコンピエーニュに援軍として参加した。しかし、ほとんど周りは包囲される寸前だった。フランス軍を街の中に入れるために馬で走り回った。「門を閉めるから中に!!」と。みんなを中に入れるために、ジャンヌは逃げ遅れてしまい・・・イギリス軍に捕らえられてしまう。

ジャンヌが捕まった事実は国中に広がり、ジャンヌの無事を祈る人々が各地の教会に列をなした。シャルル7世も助けたかったが、イギリスと和平の話の最中なのに、助けるために軍を出すことはできなかった。

ジャンヌはドーバー海峡に近いルーアンに送られた。そこでは捕虜の扱いを無視したひどい扱いを受けた。そしてジャンヌを取り調べる宗教裁判が始まった。イギリス側は神に背く言葉を引き出そうとしたが、まったく揺るがないジャンヌの言葉にあせりといら立ちを募らせていった。

ついに、イギリス側は「神の言葉は嘘でした。」と言わなければ火刑にするとジャンヌを脅したのです。キリスト教では「審判の日」にすべての人間が復活すると言われ、体を失う火刑は復活できないとされ最も恐ろしい刑罰でした。信心深いジャンヌは、火刑にされたくないの一心から、神の声を聴いたことも全部嘘だったと言ってしまったのです。嘘だと言えば教会に居させてあげると甘い言葉もつけられていたので。。。

しかし、その約束は守られませんでした。何度目が覚めてもずっとこの牢の中に閉じ込められていました。

ジャンヌ・ダルクの決断

ジャンヌ・ダルクの映画でもありましたが、この牢の中での天使と悪魔の会話。悪魔のささやき。ひとりでずっと、悩んで苦しんだと思う。最近では神様の声が聞こえなくなった。いえ、私が神様の声を聞かなくなっていたのだと気づく。ここのシーンはとても文章でかけそうもありません。

とにかく、ジャンヌ・ダルクは

「神の声は本当です!私は私の行いの全てを恥じることなく神の前に立てます!」

と、澄んだ顔で言い切ったのです。

ルーアンのヴェー・マルシェ広場で火あぶりの刑が執行され亡くなりました。

ジャンヌ・ダルク19歳。。。

ジャンヌ・ダルクの残した言葉

  • 私たちが戦うからこそ、神は勝利をあたえてくださいます。
  • 私はフランスを救うために、つかわされました。
  • 神を信じないで生きることは、若くして死ぬより悲しい。
  • 自分には恐れるものはありません。ただ心配なのは裏切りだけです。
  • 行動することです。そうすれば神も行動されます。
  • 私の命のある限り、みんなを見捨てることはないと約束します。

ビジネスの効率化はフォームから。しかも無料!

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です