5分でわかる!メアリー・アニング

メアリー・アニングと言えば、海岸で発掘した化石で世界中を驚かせました。やがて、メアリーは化学の歴史に名前を残す女性となります。そんなメアリーの人生を一緒に見ていきましょう。

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生立ち。

父との宝物探し。

1799年にイギリスのライム・リージスで生まれました。小さい頃から、家具職人だった父の趣味である化石集めに興味を持ちます。休みの日には父と兄、メアリーの三人で海辺を歩いて化石探しをしていました。父は子供たちに化石の不思議さや美しさを伝えておきたかったのでした。化石の見つけ方や採取方法など、様々なことを子供たちに教えました。嵐の後には崖が崩れやすいから近づかないように。でもその崩れたあとがチャンスなのだとも。崩れた場所から化石がひょっこりと現れるからです。そして、化石の採取では丁寧にしないとボロボロになってしまうことも。良い物でも壊したら価値が下がるのです。

化石は岩の中に隠れていること。

嵐や波が岩をけずって化石を取り出しやすくしてくれること。

上等な化石は布でくるんで傷つかないように運ぶこと。

化石を割らないように岩を削る練習など。

兄とメアリーはまるで宝探しをしているようでとても楽しかったのです。どうして岩の中に昔の動物は閉じ込められたのだろうという疑問もありました。もっと、化石のことを知りたいとメアリーは思うのでした。

そんな中、メアリーが10歳の時に優しくて大好きだった父が亡くなりました。元々身体が弱かった上に、数年前に崖で事故にあってからますます弱っていったと伝えられています。

父のいないアニング家は、貧しいくらしとなりました。母もふさぎ込むことが多くなっていきました。ある日、メアリーが化石を掘っていると、上品なご婦人が

「綺麗な石ね。この町にきた記念になる石を探してたんだけど、その化石を売ってくださる?銀貨1枚でどうかしら?」

この化石が銀貨1枚になるなんて驚きでした!兄妹は父のように化石を売ることに決めました。

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アニング化石店。

こうしてメアリーは自分で化石を集めて売り始めました。昔から父に良くしてくれた、上流階級のフィルポット家の人達は化石をよく買ってくれました。何か新しいアクセサリーや部屋の飾りとして化石は文化的で、当時新鮮だったのです。また観光で来た乗合馬車のお客さんたちが全部買ってくれることもありました。しかし、商売なので良い日ばかりではありません。嵐のせいで、たくさん化石があるのに人がだれも来ない日もありました。

メアリーは上質な化石を見つけるのも上達していきました。父に教わった知識に加え自分の経験も糧にしてメアリーは化石堀りとして成長していったのでした。

メアリーが住んでいた街はイギリスとフランスをい結ぶ海の街だったので、夏など観光客がよく訪れる場所でした。化石を見て「ただの石なのに高い。」という人もいれば、「素晴らしい!」といってチップを弾んでくれる人もいました。「化石の価値が分かってくれる人だけが買ってくれたらいいわ。」とメアリーは考えてました。

運命を変える発見!

嵐のあとに、崩れた崖からワニの頭らしいものを見つけたのです。しかも大きな頭。兄妹はこのワニの胴体を探します。毎日のように崖の様子を見に行きました。目当ての胴体の化石が現れていないか現れた化石が波にさらわれてしまわないか見張ったのです。アニング一家の観察は1年近くも続きました。

そんな中、海辺で同世代の少年に出会います。最近、街に引っ越してきたビーチでした。アニング化石店は街では有名だったので、化石に興味のあったビーチはアニング家に会いに来たのでした。裕福な家柄に生まれたビーチは士官学校で英才教育を受けた豊かな教養の持ち主でした。それから3人(兄・メアリー・ビーチ)はよく海辺に出かけ、化石を探したり地質学について語り合うようになるのでした。

1812年12月についに、崩れた崖の中から大きな化石を見つけたのでした。メアリーは人を雇って支持をだして、丁寧に大きな化石を取り出しました。でかくてまるで怪物のような生き物の化石でした。この発見の知らせはライム・リージスの外にも伝わり、後に「幼い少女メアリー・アニングが一人で発見し、人を雇い発掘作業を指揮した」という伝説的な話の原型になっていきました。

メアリーの発見した化石の正体はワニではなく、全く別の生物だと認められて「イクチオサウルス」と名付けられました。「イクチオサウルス」はかつて絶滅してしまっていた生物がいたことの証明となりました。まさに古生物研究の最先端をいく大発見でした。

そして翌年には、二つ目の「イクチオサウルス」を発見しました。全身の骨がほぼ完全に揃ったこの化石は地質学者や古生物学者を驚かせました。この発見のニュースが流れてすぐ、ある人物がメアリーを訪ねます。「バーチ中佐」でした。熱心な化石収集家だったバーチ中佐は以前からライム・リージスを訪れ、メアリーやビーチとも知り合っていました。

この頃、ビーチは町の外の女性と結婚しました。メアリーはこのことで身分と階級の違いを思い知らされます。

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化石とお金

バーチ中佐はアニング家にとても親切でした。化石を競売にかけて利益をきちんと取ることで生活の基盤を安定させました。化石はただの珍しい飾りではなく、古代の生物について知るための貴重な手がかりだ。その科学的価値に見合うだけの正当な報酬は受け取るべきだと。

こうして、生活も安定することもでき、発掘者のメアリーの名前もヨーロッパ中に知れ渡りました。

この時代、多くの人は

「化石は聖書にある大洪水で死に絶えた生物の骨で、その後、神の手によりいまいる新しい生物がつくられた」と信じていました。

しかし、ビーチたちの一部の学者たちは

「生物は長い時間をかけて、すこしづつ姿を変えていく」

と考え、見たことのない生物の化石は、いまいる生物が姿を変える前の物だと考えていたのです。

そして、メアリーはビーチ達の仮説を証明するかのように、世界で初めての首長竜「プレシオサウルス」の完全な骨格化石を発見したのです!この首長竜の発見でさらにメアリーは有名になりました。

この頃、イギリス経済は不景気に苦しめられていて、高価な化石を買おうとする人は減っていきました。また国内の主だった博物館に化石が行き渡ってしまいメアリーは新しい買い手を探す必要があったのです。彼女は当時学問の表舞台に立つことのなかった研究者の妻たちとの交流を通じて、実際の買い手となる研究者との関係を広げていきます。こうして女性同士のネットワークを築く一方でメアリーは化石を高く売る駆け引きにも長けていました。

1828年にメアリーは「翼竜」と呼ばれる空飛ぶ爬虫類の化石をイギリスで初めて発見します。奥様ネットワーク内の夫はこの生物の化石に興味を持ちます。メアリーは

「今買わなければ、海外に即売りします。」

と平気で言っちゃうのですから、言い値で買わざるを得ませんでした。

立て続けに大発見をしたメアリーは、マーチンソン夫妻から招待を受けて地質学会や大英博物館のある首都ロンドンを訪れます。メアリーを一目みようと多くの学会員があいさつにやってきました。あいさつに来た学会員は彼女の知識量に舌を巻いたほど、メアリーは地質学と生物学の知識を身に着けていたのです。

メアリー・アニングへの評価

1844年にライム・リージスをザクセン王国(ドイツ)の国王が訪れることになり町は沸き立っていました。学問の振興に熱心だったフリードリヒ国王は自国の博物館のために自らも化石を買い求めていたのです。フリードリヒ国王は、この時メアリーから「イクチオサウルス」をはじめとしたいくつかの化石を購入します。この時の販売が記録に残るアニング化石店の最後の取引となりました。

しばらくしてメアリーは自分の身体の異変に気付きます。乳がんだったのです。病は急速に悪化しやがて立ち上がる体力も失われていきました。地質学会はメアリーを名誉会員とし、特別年金を支給することを決めますが、ようやく公式に業績が認められたことを喜ぶ時間は残されていませんでした。

1847年3月9日 化石の発掘に生涯を捧げたメアリー・アニングはこの世を去ります。享年47歳でした。

メアリーの死の翌年、ビーチが地質学会の会長になりました。就任演説では前年に亡くなった会員の死を悼むのが学会の習わしでしたが、ビーチは習わしを破り、正会員ではないメアリーのための演説をしました。

「平会員にも推薦されなかったある女性の死についてお伝えしたいと思います。彼女はその才能と疲れを知らぬ労働によって、今も私たちに、古代の爬虫類についての多大なる知識をもたらしています。しかし、その業績に対してふさわしい名誉は、ついに与えられませんでした。自然や貧困と無理解や階級と彼女は不屈の精神で戦ってきました。ここにいる皆さんは彼女が学会に、いや世界にどれほどの貢献をしたかを、ご存じのはずです。今こそ彼女に正当な評価が与えられる時ではないでしょうか!」

ビーチの演説から2年後、地質学会からの寄付金でライム・リージスの教会に新しいステンドグラスが送られました。

「地質学の進歩を促した彼女の優れた献身と心の温かさそして、高潔な生涯を偲んで。」という言葉と共に。

メアリー・アニングの生きた証は今もライム・リージスの町にそして世界中の博物館で人々を迎える化石の中に息づいているのです。

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